テーマ:伝統の継承から未来へ
Theme:From Tradition to Innovation: Toward the Future
日本臨床細胞学会は、日本で唯一、細胞診を専門に扱う仲間が集う学会である。この機会に、細胞診の利点について改めて考えてみたい。
細胞診には、①生体から検体を採取する、②比較的手技が簡便で患者への侵襲が少ない、③結果を迅速に得ることができる、④臓器によっては確定診断が可能である、などの特徴がある。こうしてあらためて言語化してみることで、細胞診が医療において非常に重要な検査法であることを再認識する。
さて、我が国は「失われた30年」と揶揄され、成長の停滞が指摘されて久しい。さらに医療業界においては、DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進においても他産業に比べて大きく後れを取っているのが現状である。中でも病理業界はその最たるものであり、現状維持を「衰退」と捉えるならば、深刻な衰退状態にある業界であることを自覚すべきであろう。
こうした中、細胞診の分野を活性化するためには、“イノベーション(innovation)”あるいは“レボリューション(revolution)”が不可欠である。
細胞診検体における革新の可能性として挙げられるのは、第一に液状化細胞診(LBC: Liquid-based Cytology)、第二にゲノム検査、第三として人工知能(AI)である。LBCは、アルコールベースの保存液を用いていることでDNAの保存性が高いことが報告されており、細胞診検体によるゲノム解析という新たな診断技術への展開が期待されている。また、LBCは直径1〜2 cm程度の円形に均一に塗抹されるとともに、比較的塗抹層が薄く、標本の質が均一であることから、デジタル化との親和性が高い。すなわち、**人工知能(AI)導入という革命的変化(revolution)**の可能性をも示唆している。
これらの技術的進展は、細胞診分野に新たな価値をもたらし、再び医療の最前線に押し上げる力を持っていると言えるだろう。
先人たちが築き上げた伝統を継承することは当然ながら重要である。しかし、それだけでは不十分である。過去の業績をそのままなぞるだけでは、むしろ停滞、ひいては衰退につながりかねない。30年前の先人が成し得たことを、ただ繰り返すだけでは未来を切り拓くことはできない。
今まさに求められているのは、伝統の上に立脚しつつも、そこに**innovation(革新)やrevolution(変革)**を加えることである。
本大会では、先人たちが築いてこられた伝統を大切にしながらも、そこにとどまることなく、新たな価値を創出するinnovationやrevolutionとなり得る研究・実践のご報告を、参加者の皆様から積極的に賜れますことを、切に願っております。
第65回日本臨床細胞学会秋期大会
会長 前田一郎
